肩の荷をおろして、そしてまた背負うという生き方

1.人はなにかを背負っている。

自分自身について、例えば自分のこれからのことを考えれば考えるほど重くなっていくというのはあると思います。
例えば、人生や進学、就職、仕事、恋愛、結婚、人間関係、家族関係、収入関係etc考えれば考えるほど重くのしかかってきてしまう、そんなものじゃないかな、と思います。


思い通りにはいかないもの。
ゆえに悩んだり、不安になったり、途方にくれたり。
何も背負わずに生きるというのは、まず無理なことではないかな、と。

肩の荷がおりた

という表現がありますが、その肩の荷もおろせる場合とおろせない場合があるのですよね。


例えば、親になったからには子どもを育てていかなければいけないですし、だからこそ、独り立ちして子どもが自分で食べていけるようになったときは、ほっと肩の荷がおりた思いがするもの。


肩の荷というのは、おろせないものもあるけれど、おろせるものもある。
おろして自由になることができる、そのことを知っているかどうかでも生きやすさという点でちがってくるのではないかと思います。

2.おろすことはできる。

さきほども書きましたが、肩の荷はおろすこともできるのですよね。
おろして自由になることができる。


不況のせいでなかなか就職先も決まらなかったりして、不自由感や無力感にさいなまれている人というのは多いと思います。
そのうち自暴自棄になってしまったり、自らを傷つけるようなことをしてしまったり、重荷につぶされてしまうそういうことはままあると思います。


一度その重荷をおろしてしまうこと
それはひとつの方法かもしれません。
知人は就職活動がうまくいかず、結局就活をやめ、会社に勤めることを諦めました。一旦就活という荷を彼女はおろしました


会社に勤めることを諦めたところで自分が何をしたいか考えたのだそうです。
自分はこじんまりとした雑貨の店を開きたい、と。
もっと雑貨の勉強をして、いろんな雑貨店を研究して、実際に雑貨店で働いて、そのほうがずっと自分らしいのではないかと。
会社勤めではなく、雑貨店でアルバイトをしようと。


アルバイトをしながら雑貨の勉強して雑貨店を見て回って、そしていつかお店を出すための資金も貯めて、となるとたいへんだろうと思います。
が、それでも自分がやりたいことなら、その荷物は重荷にはならないのだと思います。
むしろ、その肩の上の荷物があるからこそがんばれる。


他にも、結婚して妻や子どもを養わないといけないからこそ頑張れるというのもあると思います。家族がいて、支えられて、あるいは自分のベースがきちんとあって、それで毎日職場に行けるというのはあると思います。

3.つらくなったら休む

とはいえ、それでもつらくなるときはある。
なんのために働いているんだろうと考えたりするときが。


以前、転職のところでも書きましたが、つらいなぁとか辞めたいなぁと思ったら、一度立ち止まること、自分の状態に気づくことだと思います。
つらいとか会社を辞めたいとそう思うときは、たいてい疲れてます。
体調も悪かったりします。
とにかく一旦休むことだと思います。

辞めたい理由を考える時間すらない、もう辞めたいから辞めたいんだ。
そこまで追い詰められているのであれば、とにかく休みましょう。いきなり辞めるのではなく、休む。辞めることを選ぶ前に休むという選択肢もあると思います。
    ―「会社を辞めたい」そう思ったときに考えたい5つのこと。
     http://d.hatena.ne.jp/komoko-i/20101111/p3

一歩も動けなくなるまで我慢する必要はなく、燃え尽きる前に休むことも選択肢に入れてほしいと思います。


自然をぼーっと眺めたり、おいしいものを食べたり飲んだり。
息抜きは必要。
休息は必要。
パソコンだってずっとずっと休まず使い続ければ、そのうち不具合がおきます。フリーズしやすくなったり、夏場であれば熱暴走したり。


当たり前のことなのかもしれませんが、つらいと思ったら休むことだと思います。

4.足を地につけること。つながりを大事にすること。

グラウンディングというのかな、最近は足を地につけること、それはすごく大事だと思うようになりました。
落ち着いて静かに考える時間は必要
慌しく一日を終えてしまうのではなく、ネットもテレビも音楽も消して、静かに一息つくような、そういう時間を持つことで落ち着きを取り戻せるというのはあると思います。


そして、足を地につけることともに大事だと考えているのが、つながりを大事にするこということ。
箱に閉じこもらないというのも大事ですし、家族や友人知人に助けられるということ多いです。例えば、うにゃうにゃと悩みあぐねていて、そういう時悩みを信頼できる友人に相談したりします。そして、友人のひとことふたことで、楽になった、前に進めるようになったということは何度もあります。


やはり、いちばんの活力となるのは、自分がやりたいことをみつけることでしょうか。
また、人はそれぞれ多かれ少なかれ悩みや不安を持っているものだと思います。それを表に出すか、出さないままでいるか、そのちがいだと思うのです。

5.最後に

はじめに戻りますが、肩の荷というのは、おろしても、やっぱりすべてをおろしきるというのはまず無理なんだと思います。
生きている以上、やっぱりなんだかんだあるもの。
人間関係、家族関係、さまざまなしがらみや年をとってからのこと、自分の健康問題、金銭関係etc
なんだかんだあるけれど、それでもなんとかしていくしかないんじゃないかな、と。


適当に息抜きをすること、これは必要で大事。
肩の荷を一旦おろし、それからまた背負う。

肩の荷をおろして、そしてまた背負うという生き方

そういうことも選択肢としては有りだと思います。
身動きがとれなくなるほど背負う必要はなく、不必要なものまで背負うことはない。
自分が背負えるだけのものを背負う。
そんな感じでよいのではないかとそう思います。


最近読んでこの文章を書くきっかけになった本です。

「肩の荷」をおろして生きる (PHP新書)

「肩の荷」をおろして生きる (PHP新書)