自分には何が足りないのか―先を読む力と行動力について

昨日の決断力の話とも関係するけれど、
http://d.hatena.ne.jp/komoko-i/20111101/p1
先を読む力と行動力、これがないと「仕事ができないやつ」と思われても仕方ないな、と。


先を読めず後手後手になってしまい失敗するというのはよくあることだと思う。逆に言えば「先を読み、前もって準備しておけば大きな失敗をせずに済む」ということ。準備を甘くみていると後で痛い目に遭う。例えば、プレゼン。プレゼンの本番で失敗するのは、やはり準備不足が原因。それは言えると思う。


行動が遅くて、それでうまくいかない人、失敗したり迷惑をかけたりする人がいる。―例えば、いつも遅刻する人が例にあげられるけれど―本人が自分の行動の遅さに気づいていない場合が往々にしてよくある。遅れてもそれをたいしたことではないと思っていたり、「遅刻は自分にはよくあること」と自分で許容しているうちは、行動は変わらない。結局のところ、本人が変えよう、変わろうとしないのであれば、どうしようもない。


行動力のある人は本当に行動が早い。迷うという選択肢がないのではないかと思うような人もいる。決断→行動までの時間が放つ矢のようにはやい人。そんな人は重宝がられると思う。もっとも、その矢が向かう方向が、的外れな、あさっての方向では困るのだけれど。


そして、結局のところ、どうしたら「先が読めるようになるのか」「行動力のある人になれるのか」そういう問題にいきつくのだと思う。先を読めるようになるには経験しかないのだろうか。予測する能力というのはどうすれば身につくのだろうか。行動にすぐ移せるか移せないかは性格的なもの、あるいはその人の心因的なものに左右されるのだろうか。行動になかなか移せない原因はその人自身にあって、自分でなんだかんだと理由をつけて行動することを避けている、そういう場合もあるように思う。


「あのとき、ああいう風にして失敗したんだよなぁ、今回ももしかしたら失敗するかもなぁ・・・」臆病風に吹かれ、行動に移せなくことも、ままある。失敗の経験、記憶が行動を起こす際の足かせとなる場合もあり、私の経験から思うのであるが、この足かせを外すのはなかなか容易なことではないように思う。


ゆえに昨日の「スタートしてからでも、なんとかなる。なんとかする。それでいいじゃないか」
http://d.hatena.ne.jp/komoko-i/20111101/p1
という考え方は自分的には衝撃的で、おそらくそういう考え方をする人は「失敗を失敗のまま終わらせない」たとえ失敗したとしても「なんとかなる」「なんとかする」そういうスタンスなのだろうな、と。精神的なタフさや鷹揚さ、そういったものもその人の決断力の根底にあるのかもしれない。


確かに小さなことにこだわりすぎては、前に進めないというのはある。細かいところまで気にして疲れてしまって、ゴールにたどりつけない、というのは、なんとも情けないことのように思う。ゴールにたどりつく前に疲労困憊、燃えつきてしまうことだけは避けたい。ペース配分、力配分というのも大事だと思う。


丁寧さ慎重性も勿論必要だけれど、先を読む力や決断力や行動力も必要。私で言えば、丁寧さ慎重性はまぁ及第点だとして、先を読む力、決断力、そして行動力はもっとほしいところ。「自分には何が足りないのか」それを見極めるところからはじめなければならないのかもしれない。