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日曜の夜の憂鬱

日曜の夜は憂鬱だ。妙な緊張感すらある。明日は月曜。Monday、星期一、월요일。何語で書いても日本で月曜は平日という事実は変わらない。平日なので仕事がある。仕事のことを考えるとノドに餅を詰まらせたように胸のあたりが苦しくなる。酸素がまるで足りていないようだ。おかしい。ちゃんと息はしているのに。吸って吐いて吸って吐いて、ほらちゃんと息はしている。それなのに苦しい。餅を詰まらせたわけでもないのに苦しいのはなんでだ?


答えは簡単だ。もう既に答えは書いてある。よく読むんだ!





仕事のことを考えるから苦しくなるんだ。



仕事のことを考えると苦しいってことは、仕事は面白くないのか?
否、面白い。
面白いけれど、面白いだけじゃ済まされないのが仕事だ。
仕事の懸案事項をあれこれどれそれ考えると憂鬱になる。苦しささえ覚える。
無意識のうちにため息をついている。ああ、またため息が。


ため息をついていると傍らで「苦しくなるくらいなら考えなければいいんだよ。なんとかなるってば」お気楽なkomokoの人は言う。こいつはいつもそうだ。「気楽なのがいいよねー」とか言って、脳内が御花畑状態だ。「ブルーなことがあったから〜」と言ってはショートケーキを買ってくる人だ。ケーキを買う頻度は月に1度くらい。自分に甘いと言えば甘いのだけれど、一方で誰かにプレゼントやお土産をあげるのも好きで、それを選ぶ時のこいつの顔はイキイキしてる。なんなんだろうね。このkomokoという人は。一言で言うなら、「よくわからない」。


komokoの人に先延ばしするクセがあるのはよくわかっている。夏休みの宿題だって、最後の最後になってやるタイプ。のんびりしすぎだ。せっかちな人とは合わないだろう。早口でまくしたてる系の人も。早口でわあわあ言っても、彼女には届かない(たぶんATフィールドを張っている)。とりわけ感情的な言葉は彼女が苦手とするところだ。攻撃的な感情も苦手だし、寂しいとか憂鬱とかそういった感情も彼女は苦手だ。まぁ苦手ながらも憂鬱という感情はある程度わかる。彼女も憂鬱になるときくらいある。けれど、けれど、彼女はそれが長続きしない。本当に本当に続かない。柱に足の小指をぶつけて、痛い!と感じる痛みの長さ程度にしか続かない。彼女にかかると「今までもどうにかなってたから大丈夫だってば。どうにかなるよ。憂鬱になったって、何も変わらないよ。今できることをやればいいと思うよ」彼女の持論だ。彼女の持ちネタと言ってもいい。普段のんびりまったりしすぎているくせに、こういう感情の切り替えだけは早い。歌いながら衣装を早着替えするアイドルのように感情を替えるコツを知っているのかもしれない。


とかなんとか書きながら、日曜の夜はタイムリミットを迎える。時間よ止まれ!このまま日曜のままでいろ!そう叫んでも虚しい。時間は止まってくれない。というか止まってしまうと、それはそれで困る。まったく時間が止まってしまったら、今書いたものも誰にも読まれないではないか。このブログは開設して7年近く経っていて、これまでそれなりに更新しているらしいので、この記事も10人くらいは読むであろう。もし仮に時間が止まってしまったら、読まれたことも確認できないし、何よりこれ以上書けなくなるではないか。ああ、恐ろしい。恐ろしい。


日曜の夜の憂鬱なんて、どうせまた来る。一週間ごとに来る。月曜日も来る。来るものは来る。時間は止まらない。もっとも、仕事がなくなったら、憂鬱どころじゃすまないだろうから、とりあえず何も考えずに寝ることにしよう。おやすみんごす。