今読んでいる本「天国体質になる!仕事を楽しむ52の秘訣」(鶴岡秀子)講談社
- 作者: 鶴岡秀子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/06/29
- メディア: 単行本
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その中の「人を嫌いになったら負けだと思う!」というところでいろいろ考えてみたので書いてみる。
引用↓
「仕事をしていく上で、社長なり上司なり部下なり、取引先様なり、どんな人でもいずれ付き合っていかなればならない人だとしたら、嫌いになると自分が辛いでしょ。だったら、好きになってしまったほうが、ずっとずっと自分も相手も楽しく仕事ができると思わない?」
合わないなーと思う人は誰でもいると思う。それは仕方のないこと。生まれも育ちもちがう人間だから、考え方や感覚はちがう。合わないなーというところから嫌い、特に仕事上の人間関係で「この人は嫌い」というラベルを貼ってしまうと、それは相手にも案外伝わってしまうことになる。ああ、この人は私のこと嫌っているな、と。そうなるとお互い仕事がやりにくくなり、お互い反目しあうことになるだろう。
合わないのに好きになれというのはやはり無理な話だろう。世の中には合わない人間もいるというのは当然で、それを踏まえていると少しは楽になるように思う。人を好きになるのも嫌いになるのも自由だ。自由だけれど嫌いというラベルを貼ってしまうと結局は自分が苦しくなるように思う。できれば貼らずに「普通」でいたい。どんな人でもひとつくらいはよいところがあるはずで、そこに目を向ける。嫌いなところだけに焦点を合わせるから「嫌い」が暴走するわけで、それならば焦点を合わせなければいい。嫌いなところを見なければいい。ああ、この人のこういうところは嫌いだと感じてもスルーしてしまう。あるいはその人はそういう人なのだ、と認めてしまう。他人を変えるのは難しい。嫌いなところがあるからといって他人が当人にあれこれ言って変えさせるというのは困難なように思う。
特に仕事上の人間関係で「嫌い」を表明してしまうと、あとあとやりにくくなるのは当たり前のことで、できればうまくカモフラージュし、「普通」「別に」くらいでやっていきたいと思う。
私は「人を嫌いになったら負けだと思う!」とここまで強く言うつもりはない。ただできることなら「嫌い」のラベルは貼らずに「普通」でいたいと思う。考え方、感覚の合わない人はいる。だからといって「嫌い」というところまでもっていかない。考え方、感覚の合わない人、ちがう人はそれはそれでいていい。そう思う。
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