寂しくてもそれでもそれを抱えつつ、なんとかやっていくものなのかな

昨日読んだ本に心うたれる文があった。

分解されることを拒み、常に自分自身であり続け、美しさと引き換えに孤独を背負った者。
それが素数だ。
――『犬のしっぽを撫でながら』(小川洋子

自分らしくと思う。けれど、なかなか自分らしくふるまえなくて、無理していたりすることあったりする。
何かに迎合することなく、自分の考えをきちんと持って行動する、誰がなんと言おうと自分を出せる、あるいは他者とうまく折り合いをつけながら、投げやりになることなく自分のやり方を保持できる、そういうのに憧れるけれど、自分を押し通そうとすることで孤立したり、立場的に微妙になったりというのはあったりする。気にせずに進めばいい。自分の道を進めばいい、そうは思うけれど、周囲も気になるもの。
自分が寂しいとか孤独だとか、そういうのは認めたくなかったりする。そんなことはないと。でも、本当はひとはみんなひとりで、生まれるのもひとりだし、死ぬときもひとりだし、出会いもあるけれど、別れもあったりして、最終的にはひとりになるのかな、と思うとすごく寂しい。寂しくてもそれでもそれを抱えつつ、なんとかやっていくものなのかなとも思う。そうしてだんだん強くなっていくものなのかなと。


素数に感じるのは強さ。
自分自身であり続けるための強さ。
孤独を背負ってもなお凛としている強さ。
強くてそれでいて凛としている素数が好きだ。



――寂しくてもそれでもそれを抱えつつ、なんとかやっていく
ふとそんなことを思った。