将来の不安と承認欲求と。

将来や未来に漠然とした不安を持っている人は少なくないと思います。
勤めている会社がこれからどうなるかわからないし、自分がいつ病気になるかもわからないし、そうなったとき誰が面倒を見てくれるのか。自分の親もいつまでも元気だとはかぎりませんし、いつか親を介護しないといけないときがくるとして、そのときどうするか、今の会社で今住んでいる場所で親を介護できるのかどうか、やはり考えるものではないかと思います。
自分が健康で働けるうちはいいけれど、もし病気になったら、働けなくなったらどうするか。年金だってどうなるかわかりませんし、そもそも日本がどうなっていくのかもわからなかったりしますし。


少子高齢化」という言葉を毎日のように聞いたり目にしたりします。
この前もある人と少子について話が出ました。
子どもがどんどん少なくなって、これから先の日本はどうなるんだろうね、と。
少ない人口で日本のことを切り盛りしないといけなくなって、結局のところ人手不足になって、どこも人手がほしくてほしくて、労働力の奪い合いになるのかな、海外からもっと人を受けいれるようになるのかな、とか、将来、人手が足りなくてなかなか働き手の代わりがいないとなると、もっと人を大切にするようになるかな、リストラとか派遣切りとかそういうのはなくなるかな、とか。
まぁ、いろいろ話をしました。
今もたいへんな時代だけれど、未来は未来でまたちがった種類のたいへんさがあるだろうね、と。日本に見切りをつけて海外に脱出する人も増えてくるかもね、とか。


働きたいと思う人が働ける社会がいいなぁというのは前々から思っていることで、別に働きたくない人は働かなくてもよくて、でもまぁ、働かなかったら収入がなくて困るのは本人で、一方、働く意欲はあるし、体も元気で十分動けて、それなのに仕事がないというのはしんどいだろうな、と。経済的にも精神的にも。


働くことで社会から承認されるという面はあるのですよね。
いえ、別に働かなくてもいいのですが、働いて「稼ぐ力」があることに自分で満足する、安心するというのはあるように思います。自分の働きが金銭として手にする喜び、うれしさですね。


どんな種類の仕事でも仕事には変わりはないし、そこに差はないと思います。
さまざまな仕事をしてくれる人がいて、この世界は成り立っているのですよね。


仕事という面からとらえると、主婦も家事という仕事をする仕事人になるんじゃないかな。旦那さんの給与をやりくりしつつ家事をしているのですよね。直接給料としてお金はもらいませんが。
そうですね、やはり家庭という形態を維持するためには家事は必要。誰かが家事をしないといけない。家族みんなで協力して分担してというのは理想ですが、実際は主婦がいちばんしているのではないかと思います。
主婦が家事をするのが当然という感じになってしまっていて、家事という仕事はあまり評価されないように思います。主婦はうちで家事をしてあたりまえ。洗濯も掃除も皿洗いもしてあって当たり前。ゆえにほめられることもない。子どもがいたら母の日に「おかあさんありがとう」と言われるくらいでしょうか。


仮にこの家事という仕事を外注でやってもらうとなると、かなりの額になるわけで、それについては、こちらの本にも書いてあります。

どうすればほめてもらえるの? (生き方おかたづけBOOK)

どうすればほめてもらえるの? (生き方おかたづけBOOK)

承認欲求というのは誰にでも多かれ少なかれあって、それは主婦でも同じなんじゃないかな、と。
関連記事:「家事も立派な仕事です」
http://d.hatena.ne.jp/komoko-i/20090303


別の本ですが、「比べない」には

職業を比べる。
そんな失礼なことはない。
この社会のさまざまな場所で、
働いている人々のことを想おう。


例えば夜更けの道路工事、
駅や電車や運送トラック、
ガソリンスタンド、病院、
コンビニやスーパーで。


それは仕事だからだけど、
彼らが自分と社会のために
日夜、働いているおかげで
皆が安心して生活することが
できるのだ。


誠実に働いているかぎり、
すべての職業尊い。
それを忘れてはいけない。

比べない

比べない

なんていうのかな、価値観って多様化してきていますよね。
良い学校、良い大学、良い会社に入社することをで幸せになれるみたいなそういうのは幻想で、良いと思って入った会社が自分に合うとは限らないのですよね。まぁ、よく言われることですが。ある人は、「給料は我慢料だと思ってがんばりなさい」そう親に言われたけれど、我慢しぎれず大企業を辞めた知人がいます。大企業ならではの体質が合わなかったのだそうです。
若いうちならまだやり直しがきく。転職するなら今のうちだと思ったそうです。
以前から興味があった海外とのビジネスであちこち飛び回っています。一日中デスクに座っているのはやはり性に合わないとも言っていました。海外相手の仕事が面白い、自分の語学力が生かせる、認められている感じがするとも言っていたように思います。


結局のところ、そこなのかな、と。
認められている感じがする、ということ。
認められたり、ほめられたりすることで人は自信をもつことができます。
ほめられることでやる気が起きるもの。
やる気が起きない仕事を延々とし続けるよりもいいのかもしれません。
精神的に満たされるという意味で。


さて、最後に不安についてもう少し書いてみます。
未来の不安というのは誰でも少なからずあるもの。
不安をどう克服するか、不安対策は各個人でするしかないのかな、と思います。
お金でその不安が解消するというのはあると思いますし、人とつながりあうことで不安がなくなるというのはあるかもしれません。独身の友人たち(女性です)は、遠い将来お互い独身同士だったら、同じマンションに住んでお互い助け合ってもいいよね。いっしょにご飯作ったり、食べたり・・・とそんな話もしています。そうですね、コーポラティブハウスという言葉もちらほら聞くようになりました。ギークハウスというものもありますね。


将来の不安対策としてある程度の安心を確保するためにお金を貯めておくというのもいいのかな、と思います。働いてお金を貯める。将来もしものときに困らないために。仕事をすることで社会的に承認されるというのもありますし、自分のために自分の安心のために働くというそういうスタンスも有りかな、と。「お金がすべてだ」「なんでもお金が解決してくれる」とは思っていませんが、お金はないよりはあったほうがいいように思います。
将来の不安対策のために働いてお金を貯める・・・なんともよくある結論になってしまった気もしますが、まぁいいかな。わたし自身かなり保守的な方なので。


参考記事:「貯金は何のため?貯金の効用について考えてみた。」
http://d.hatena.ne.jp/komoko-i/20101203/p3