またブログを書こうと思った理由

2017年は10月と11月まったくブログを書いていない。
理由は単純に仕事が忙しかったから。
ブログ以外にしなければいけないことがあるとき、あるいはブログよりも面白いことがあるとき、ブログを書かなくなるというのは、まぁよくあることだ。いわゆる放置状態になっているブログもネット上に少なくない。


そういえば、いまさらだけれど、このブログも開設してから2017年の11月で10年経っていることに気づいた。


10年。
よく続いたものだ。


よく続いたというより、やめなかった、というそれだけなのだけれど。


やめたいとか、消してしまいたいと思ったことは何度もあって、それでもそうしなかったのは、優柔不断で、実行する勇気がなかったから。


そして、やめたい、消してしまいたいという気持ちと反する気持ちがあったのも確かだ。
ここまで書き続けて残っているものを、一瞬で消してしまってたまるか、という・・・。


ブログに書いて、読んでもらいたいという承認欲求は昔のほうがあったように思う。ブログで承認されることの限界を知ってしまったので、もうどうでもいいというか、まぁ10年も経つと冷めるものだな、と。ブログ熱が冷めるというか、自分自身への情熱が冷めるというか。


冷めてもなお、またブログを書こうと思った理由は、「書くことの必要性を感じたから」。
書くことは元々好きだ。書いている間は自分でもびっくりするくらい集中できて、フローな状態になる。それはとても心地よいものだ。


仕事にのめりこんで、それはそれで楽しいのだけれど、でも仕事をしている自分に「対立する自分」もいて、その対立する自分が「息抜き」を求めていて、その「息抜き」は先ほど書いた「フローな状態」で、映画やドラマを見たり、漫画を読んだりと、そういうことでも「フローな状態」になれることはあるのだけれど、でもなんというか、私の場合、映画やドラマや漫画でいつも「フローな状態」になれるわけではなく、見るだけ、読むだけというような一方的に与えられる心地よさは、そのうち慣れて物足りなくなってしまう、なんとなくちがうな、と。つまり受動的ではなく「能動的な心地よさ」を私は欲しているんじゃないか。自分で自主的に何かをする、そういうことを長い間やっていなかったな、なにかしたいな、とそう思ったところで、これはブログの出番だなと。


先ほども書いたけれど、ブログ熱は冷めているし、自分自身への情熱も冷めている。まぁ元々「自分大好き」な人間でもなかったし、いろんなことをあきらめてきたので、特筆するような特技もプロフィールもなくて、それでもなんとか生きているからいいかな、と。「生きていること」については、まあいろいろ考えていることがあるのだけれど、それはまたそのうち書こうかと。


ブログを書こうと思った理由は、「書くことの必要性を感じたから」なんて、かっこいいことを書いたけれど、要するに「また書きたい」と思ったから。シンプルに言えばそうだ。


普段から、いろんなことをいちいち難しくこねくりまわしがちだけれど、「要するに・・・」と一言で片付けられれば、すっきりと、楽になるんだろうな。そう、一言で片付けられれば、ね。


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