逃げ場所と居場所と

最近、ふと逃げだしたいと思うことがある。
面倒な仕事とか、自分の手に負えないと思ってしまったこととか、ビルの窓を全開にして、放り投げてしまいたくなる。


もっとも、そんな衝動は、いっときの、妄想のような空想のようなもので終わる。
逃げ出したり、放り投げたところで、結局のところ、何の解決にもならなくて、逃げだしたあとの「自分の居場所」それはどこになるんだろ、と考えてしまう自分が、今いる場所の再確認(今はそんなに最悪な状態なの?という自問自答)をはじめてしまう。


自分の居場所を見つけられたら、それはしあわせなことだと思う。もしかしたら、その自分の居場所探しが人生ですることなのかもしれないし、あるいは、もしかしたら、そんな居場所なんて固執しなくてもいいのかもしれない。


逃げることで失う居場所。いや、自分でそこは自分の居場所じゃないと思うのであれば、他を探せばいいし、一か所にとどまっていなければならないという決まりはない。自分にとって、無理がなくて、息をしやすい場所が、「居場所」になるのだと思うけれど、そこを「居るべき場所」とまで、はっきり規定したくはない。あくまでも、ゆるく、縛られない居場所が、私の居場所であってほしくて、縛られはじめたとき、いろいろな面倒やストレスがかかりはじめた時点で、逃げ出したくなる、つまり今の状態はそういうことなのだと思う。


さてさて、2019年の最初の更新がこんな話題になってしまって「どうなの?」という気もしないでもないけれど、とりあえず、書いたので載せておく。


ふと、「自分の居場所」=帰属 ってこともあるよね、とも思ったけれど、うまくまとまらなかったので、それについてはまた今度。


2018年の終わりに思うこと

早いもので、あと少しで2018年も終わり。
いやはや、いろんなことがあった2018年でした。
1年通して、仕事ばかりしていたような。うん。してた。仕事ばかり。
一方で、思うように仕事ができなくて、ストレスたまりまくりで、一気に年を取った気が。
職場の人に「タフだね。休んだりしないね」みたいなことを言われましたが、体調が悪いときも、そりゃありました。が、休みたくなかった。根性で仕事したというか、まぁがんばりましたね。


ホント、周囲に頑張っている人が多くて、それを目にすると、自分も頑張らなきゃ、となるわけで、その1年がやっと終わったな、と。


継続は力なりで、失敗したとしても、あとあと良い経験となって自分にプラスになることがが多くて、失敗しないのが一番よいのだけれど、まぁ失敗したとしても、あまりシリアスにならずに、次に生かせばよいと考えればよいかと。


今年は本もたいして読めなくて、アウトプットもできなかったので、来年は読書とアウトプットに重点をおいていきたいかな。


平成最後の年越し。長く使っていたPCの画面が映らなくなって、焦りまくって、やっと新しいPCへの移行ができてホッとしながら、これを書いています。来年もよろしくお願いいたします。では、また。



自分で決めるということ。経験値を増やしていくということ。

ふと、いろんなことを自分で決めていることに気づく。
というか、大人なんだから、自分でいろいろなことを決めてやっていくのが当たり前なのに、私自身決めることが苦手で、しかもめんどくさいことがイヤで、できればなんでもしないで済ませられないかと、そういう性質(たち)だったのだけれど、最近は、やってみたら意外に簡単で、「なーんだ」ということが多数。例えば、ATMでの振り込みとか、今までやったことがなかった仕事とか。
もちろん、やったことがないので(特に新しい仕事)うまくいかないし、失敗もする。まさしく、今、壁にぶちあたっているところで、うまくいかないこともあるというのは、頭ではわかっていても、ここであきらめたくないという気持ちのほうが強くて、そうなると、負けず嫌いとか粘り強さとか、根性とか、図太さとか、鈍感さみたいなものが必要になってくるんだろうなと。面と向かって文句を言われたり、露骨(ろこつ)に嫌な顔をされても、スルーできる鈍感力は、やっぱり大事だったりする。


負けず嫌いで、鈍感で、まさしく私のことだと、そう思うわけで、仕事を続けていくうちに、さらにそれらが強くなって、ああ、でも優しさも忘れてはいけないな、と。
余裕は必要だなと。(しみじみ)


トライ、アンドエラー。
エラーはなかなか痛いけれど、でもまぁしょうがない。
あまり気にせず、またやるしかない。


そうして、経験値を増やして、増やして、1年後には今の状態を懐かしく思うくらいになりたい。もしかしたら、懐かしく思えるなんて10年後になるかもしれないけれど、まぁそれはそれでいいか。


トライ、アンドエラーで、満身創痍(まんしんそうい)。
もう少し明るい話題で書きたかったけれど、現状がそうだから、仕方ないかな。
今日はこのへんで。


鈍感力 (集英社文庫)

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↓ おすすめの本です。

考えすぎない (アルファポリス文庫)

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こつこつ続ける人になりたい

まぁタイトルそのまま、なわけだけれど、こつこつ続けている人には、かなわないなぁ、こつこつ続ける人になりたいなぁと、そう思ったわけで。
ブログでも、仕事でも勉強でも、趣味のことでも、こつこつ続けている人の、エネルギーはすごいなぁと、そう思うわけで。
疲れたら休んで、ぼちぼちやっていけばいいというそんな感じのわたしは、甘いなぁと。


こつこつ続けられる人と、続けられない人の差は、一体なんなんだろう。
生まれ持った性格とか気質とか、これまで育ってきた環境とか影響とか、そのあたりが関係してくるんじゃないかと思っているのだけれど、こういったもの(性格とか気質とか環境とか影響とか)は、途中からでも、変えられるものなのか、変えられないものなのか、どちらなのだろう。私自身は「変えられない」と思う派で、そうなると、こつこつ続けられない人は、「一生続けられないままなの?!」と、頭をかかえてしまう。


単純に「こつこつ続けられる人になりたい」と、そう思っているだけなのだけれど、どうしたら、こつこつ続けられる人になれるか、手取り足取り教えてくれる人もいなくて、まぁそれに関する本を読んだこともあるけれど、本を読んだだけでは、変われるわけはなくて、結局のところ、こつこつ続けて、どうなりたいか、なんだろうなと思う。具体的なゴールがあったほうが、続けやすいというのは、確かにあるだろうな、と。例えば、試験とか。


いろいろなことが続かないでいるのだけれど、でもまぁそれを責めても仕方がないので、なにかひとつくらい、こつこつと続けていけたら、と思っている。気負いすぎたら疲れるしストレスになるから、本当にこつ、こつ、地味で、誰も見てくれないし、ほめてくれたりもないけれど、でも何かひとつのことを続けてみたいものだ。


とまぁ、こんな風に書いているということは、深読みすれば、実はこつこつやっている自分を見てほしい、ほめてほしいと思ってたりするのだなぁと、あらためて気づいたりするわけで、承認されることによる効能(例えば、やる気が起きるとか)は、もっと重要視していいんじゃないか、それなら自分で自分を承認する(自分で自分をほめる)のも有りなんじゃないかと、そう思ったところで、今日はこのへんで。




「人生の残り時間」について考えてみた

ふと、自分の「人生の残り時間」を考えることがあった。
平均寿命と一般的に言われているものがあるにはあるのだけれど、実際自分がその平均寿命まで生きられるかどうかなんて、まったくもってわからないわけで。


人生の残りの時間をどう過ごしたいか、考えてみたら、過去あきらめてきたこと、できなかったことがいくつもいくつも泡のようにわきあがってきて、胃酸がこみあげるようなそんな気持ちになってしまった。


このブログを細々と続けているのも、まぁ生存報告みたいな、そんな感じになりつつあって、なんというか、そういう手段があるのはいいものだな、と。押し付けがましくなくて、読みたい人が読みにくる、そんなスタンスが昔から好きだ。


人生の残り時間を有意義に使おうとか、後悔しないように最善を尽くそうとか、そういうのは考えていない。
今できることをやっている。それで十分だ。
たくさん失敗もしたし、間違うこともあった。
でも、もう終わったことだと、自分に言い聞かせて、つらい感情に足をからめとられないように、感情を忘却する練習をしている。


まだ残りの時間はある。
その残りの時間を、もっと自由に、好きなことをやるために使ってもいいのではないかと、そう思い始めたのが、この10月半ばのことだ。


まぁ、その自由に、好きなことをやるというのが、イコール「時間を有意義に使う」ということなのかもしれないけれど。


ひとつでも、たったひとつでも、好きなことがあれば、やりたいことがあれば、それをやっていくのがいいんじゃないかと思う。
私自身、器用ではないので、いくつものことはできない。だから、ひとつかふたつ、いや、ひとつだけでも好きなことをやっていきたい。地道に、こつこつと。


あれもこれも、とやりたいことを列挙していた頃もあったけれど、やりたいことを減らした今のほうが充実しているような、そんな気がする。





家事の時間・労力を減らしたい(料理編)

いろいろと参考になる本だった。
ここのところずっと仕事が忙しいのもあって、家事にかかる時間を短時間にするのが目下の目標だ。
以前使っていた食器洗い機が壊れてしまって、ずっと手洗いをしているのだけれど、また食器洗い機を買いなおしてもいいかなと思ったりしている。とはいえ、安いものではないので、ためらう部分もある。あとは、経験的に、食器洗い機というのは、数年(5年くらい)で修理が必要になるのを知っているので、それも購入をためらう理由のひとつ。修理代も安くはないし・・・(経験者は語る)。あとは、置き場所の問題もあって、そんなに大きいものは置けない。


新しい食器洗い機にはなかなか手が出せないでいるけれど、スロークッカーはとうとう買った。

タイマーつきではなかったので、別にタイマーも買った。
24時間プログラムタイマーII PT25

24時間プログラムタイマーII PT25



買ってから、思っていたよりも鍋が小さくて、他のスロークッカーにすればよかったかなと思ったり。

ツインバード スロークッカー ブラウン EP-4717BR

ツインバード スロークッカー ブラウン EP-4717BR


スロークッカーで作りたいのは、ポトフとかシチューとかカレーとか。


特にポトフは大好きなので、これからの季節何度でも作りたい。


今までは、シャトルシェフで作っていた。


これはこれでとても便利なのだけれど、いちどガスで沸騰させないといけないところがスロークッカーとちがうところだ。


スロークッカーなら、焼き芋も作れるらしい。近々作ってみたい。


なかなかヘルシオホットクックは手に届かないけれど、スロークッカーなら3000円くらいだし、もしうまく使いこなせなくても、まぁいいかなと思って買った。
とにかくキッチンのガス台につきっきりになりたくない、それが一番の購入理由で、切った材料や調味料を入れて、あとは電気で加熱してくれるのであれば、これほど楽なことはないと思う。できあがったころに、電源をおとせばいい(タイマーで切る)。


スロークッカーのごちそうレシピ

スロークッカーのごちそうレシピ

スロークッカーでつくるはじめてレシピ (生活実用シリーズ)

スロークッカーでつくるはじめてレシピ (生活実用シリーズ)


さてさて、どうなることか。これから「家事の時間、労力をどうやったら減らせるか」いろいろ試行錯誤してみようと思う。


勝間式 超ロジカル家事

勝間式 超ロジカル家事



曖昧なスライム

今日は9月の最終日。自分のブログ画面を開いて、2018年の8月は全然ブログを更新していなかったことに、気づいた。
8月は、とにかく暑かったというのと、忙しかったという曖昧なことしか記憶にない。私の脳内は「曖昧なスライム」だ。もう少し説明すると、私の脳内には曖昧なものが水分を失いかけたスライムのように詰まっている(比喩)。
そういえば、時間の感覚も曖昧だ。ついさっき、虫の音を耳にして、いつの間にか夏が終わって、秋になっていることに驚いた。そういえば、少し涼しくなっているようだ。温度の感覚も暑さにやられてしまったようだ。


普段、日記をつけていないので、過ぎた日々を思い出すのは本当に難しい。スケジュール帳にも最低限のことしかメモしないので、あとから見返してもよくわからないことが多い。


「よくわからない」ということが「気持ち悪い」「もやもやしてイヤだ」という感覚もわからないわけではないけれど、そもそも「なんでもわかる」というのは幻想で、ありえないんじゃないかというのが、最近の私が思っていることで、
komoko.hatenablog.com
ここでも似たようなことを書いているのだけれど、わからないことに耐える力、耐性というのは、生きていくうえで(少しおおげさかもしれないけれど)大事なことなのかもしれないなぁと。簡単に書いてしまっていいかわからないけれど、未来というのはどうなるかわからないもので、わからないながらも、とにかく今やれることをやっておけば、まぁどうにかなるんじゃないかと。もちろん、あれこれと迷い、悩むのだけれど、誰かに相談したりする性質(たち)ではないので、最終的には自分で決めてしまう。自分で自分を納得させるやり方が、私には合っているのだと思う。相談した人に「こうアドバイスされたから」と、アドバイスに従ったとして、うまくいかなかったときに、アドバイスした人のせいにしてしまいそうで、それがイヤだったりする。「自分のことは自分で決めたい」とまぁそういうことなのだと思う。


今日は今読んでいる本の紹介をしようと思っていたのだけれど、書き始めたら、そういう気分が消えてしまった。日をあらためて本の紹介をすることにする。


明日から10月。もう少し日々を丁寧に、一行でも二行でもいいから、日記的なものを書き残すようにしたい。たった一ヶ月前のことが何も思い出せないのは悲しいというか、そうだね、悲しいというより、むなしい。その一言に尽きる気がする。「日記的なものでブログを再開するのもいいかもしれない」と思ったところで、はてさて、有言実行となるかどうかは、曖昧なスライムの元気次第でしょうか。