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仕事における厳しさと優しさと。

仕事。 (集英社単行本)

仕事。 (集英社単行本)

仕事をしているとき、とても厳しい自分がいる。この厳しさは自分に対して向けられることがほとんどなのだけれど、時折、他の人に対しても厳しくなってしまう。


やる前にできない言い訳をしている人をみると甘えてるなあと思うし、「私が言ってもしょうがないですよ」とか「私からは何も言えません」と言って逃げる体勢に入る人を見ると本当に仕事をする気があるの?と思ってしまう。また、指示が適当で「これくらい言わなくてもわかるよね?」的な質問受け付けませんオーラを出している人も本当に困るし、めんどくさいことを誰かにさせようと策を練る人も嫌いだ。人を駒か何かのように扱う人も。


仕事に対するスタンスを書いていくとキリがないのだけれど、今日ここで書きたいのは「厳しいばかりだと人は遠ざかっていく」ということだ。仕事に対する情熱や意欲は皆同じくらいあるわけではない。寛容さや融通をきかせるところがないと、ぶつかりあい、時として眉間にシワを寄せながら対峙しお互いストレスをかかえることになる。仕事をしていると時に鷹揚に、時に気長に待たなければならないときがあるように思う。


私の場合、待つことが苦手で、動いていないと不安で、打てる手は打ち尽くしておきたいタイプで、そんな自分に欠けているもの、ついついぞんざいに疎かにしてしまうもの、それが寛容さとか優しさなのだと思う。
最近「待つ」ことの大切さを改めて思い知り、どんなにもどかしくても待てる人になろうとそう思うことがあった。


もちろん優しいばかりでは仕事は成立しないのだけれど、厳しさを振りかざす自分は一体どれほどの仕事ができているのだろう、と自分を鼻で笑いたくなる。偉そうなことは言えないのではないか。理想を言うのは簡単だ。言うのは簡単。やるは難しだ。


ただ、ここまで書いて思ったのは、仕事はチームワークで長期戦であることを考えると、それぞれが安定して仕事できる雰囲気、環境を常態にしているのがいいのではないか、と。優しいばかりで、なあなあの馴れ合いでもよくないし、厳しいばかりでギスギスキリキリもつらい。結論としては、バランスということになるだろうか。


厳しい人にはその人の基準や価値観があって、それを非難してもおそらく改まることはないように思う。性格的なものもあるし。ただ、その人自身が自分の厳しさを自覚して、「厳しいだけでは人はついてこないし、むしろ離れていく」ということがわかれば、変わるかもしれない。

待つ力 (扶桑社新書)

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