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「たいせつなことはね、目に見えないんだよ……」

星の王子さま

星の王子さま

星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)
星の王子さま―オリジナル版より

たいせつなことは目に見えないし、大人はみんなはじめは子どもだった。
目に見えないと不安になることがある。たいせつなものを視覚的に確認したいと思うのは、私が視覚人間だからかもしれない。視覚人間は文字でも絵でも写真でもなんでもいいからとにかく目で見て確かめたがる傾向にある。


実際のところ、たいせつなもの全てが目に見えるわけではなく、目に見えないもののほうがたいせつなものは多い。こころの目で見るもの、感じるものはたいせつだ。たいせつだからこそ、大事にしまっておきたいし、軽々しく言葉にしたくないと思う。誰にも触れられない邪魔されない内なる部分は多かれ少なかれ誰にでもあって、そこを闇と呼ぶ人もいるけれど、一概に闇というネガティヴなラベルを貼るのではなく、誰の目にも触れない〈聖域〉と呼ぶほうが私は好きだ。自分だけの聖域。人が踏みこめない聖域を持つのが、大人というものなのかもしれない。


大人は誰しも昔は子どもだったわけだけれど、誰でも大人になれるわけではなく、心はずっと子ども、あるいは10代のまま、という人が増えているように思う。それは、よくないことなのだろうか。成長し、一般的に言われているような「大人」に皆ならなければならないのだろうか。精神年齢が低いこと、幼いことをよくないとするのは、おそらく主観の、その人の価値観の問題だ。大人になれば、もっといろいろなことができるようになると思っていたけれど、今はどうだろう。やりたいと思ってもできていないことばかりだ。むしろ子どもの時のほうが、怖いもの知らずで自由にやりたいことをやっていた。周りの空気をやたらと読むこともなく、人に気を使いまくることなく、自分らしくイキイキとしていた。疲れることを厭わず、どんなに遠くても遊びに行きたければ行っていたし、服が濡れようがお構いなしに川に入って遊んでいたし、迷う怖さも知らずに森を探検していた。自由に遊び回った恵まれた子ども時代だった。


大人になると失うものは少なくない。大人になったとたん、分別を覚えたとたん、行動が萎縮してしまうのはどうしてだろう?法律に違反するとか誰かに迷惑をかけるとかそういうことでもないのに、行動が鈍くなり、どんどん保守的に、つまり守りに入ってしまう。現状を維持するのに精一杯だとも言えるし、いろいろなことを変えないでいるほうが楽だというのもある。大人になるというのは、面倒くさいと思うことが増えること、なのかもしれない。面倒くさいは魔物だ。この魔物に取り憑かれると、何もしたくなくなる。何もしたくなくなるのは、思考停止にまで及ぶ。すべてが受け身になって、誰かなんとかしてくれないかなーと、そういう思考に陥る。


思考停止と他者依存、これは避けたいと思っていることだ。
また面倒くさいの魔物にも取り憑かれないよう気をつけたい。


面倒くさいと思わず、どんどん自分の中の引き出しの中身を増やしていきたい。空っぽのままはイヤだと思う。
子どもの頃を懐かしく思うけれど、もう子どもには戻れない。今の自分を生きるしかないと思う。


2016年が始まった。
うまく書けないかもしれないけれど、できるだけ書いて残していこうと思う。
書いて残しておいてはじめて、あとから読み返すことができる。
忘れっぽい自分の記憶の保管場所としてのブログだから、まあ好きなように自分のペースで書いていこう。

星の王子さまダイアリー2016

星の王子さまダイアリー2016

星の王子さま (新潮文庫)

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絵本 星の王子さま

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