なくしものや忘れ物の話

3月も今日で終わり。明日から4月。新年度がはじまり、そして消費税が8%になるのだけれど、なんだか実感がわかない。
ようやくあたたかくなってきたと思ったとたんに桜が咲いて、満開の翌日には雨風で散り急がされて、なんだかとてもせわしい。


せわしいのは好きではない。
いそがしいのは好きではないと言ってもいい。


いそがしくなると、いろんなことが雑になってしまったり、大事なことを見落としてしまう。それが嫌だ。


全部なんでもかんでも馬鹿丁寧にやりたいわけではないけれど、余裕がなくなったとたんに、いろんなもの(例えばコンタクトレンズとか定期券とか)なくしたりするので、これはダメージが大きい。「えー?!」というものをなくしたり、いつにもまして忘れ物が増えたときは、要注意のサインだ。忙しすぎて余裕がなくなってるぞ、と。


コンタクトレンズや定期券などをなくした場合、精神的ダメージ(経済的ダメージ?)も大きいのだけれど、なくしたものはしょうがない、探してもないものはない。出てこないものは出てこない、とあきらめるのは意外とはやかったりする。いつまでも、そのなくしたもの、忘れたものにリソースを割きたくない。買える金額のものであれば、買うしかない。それがないと困るのであれば、買うしかない。過去は過去。もう起きてしまったことは変えられない。大切なのは、これから。これからのことを考えて、手を打つほうが建設的で良い。余裕がないせいで起きたアクシデントでまたひとつ勉強になったよね、と。


アクシデントの原因が「精神的余裕のなさ」「時間的余裕のなさ」に起因することが私の場合とても多くて、これまでのアクシデントのあれこれをいちいち思い出していられないというか思い出したくもないのだけれど、とにかく「余裕は大事」だと思う。(「余裕」という観点から考えると、他にも経済的余裕とか体力的余裕とか空間的余裕とかいろいろあげられそうだ)


というわけで、久しぶりにブログを更新。時間的に余裕がないとこういった文章もなかなか書けなくて、あー、余裕は大事だなぁと。