コミュニケーション。相手の意図を汲み取るということ。

1.汲み取る能力の必要性

日常生活で言葉をやりとりする上で、相手の意図を汲み取る能力というのは、やはりある程度必要だなぁと思ったわけで・・・。

まぁブログの場合、読み手は読みたいように読んで、書き手の意図とはちがって受け取ったりということもあ。そして、具体的にどういう受け取り方をしたのかそこまではわからないまま時間だけが過ぎていくということもまぁよくあること。

まぁ実際きちんと読み取るのが苦手とか相手の意図を汲み取るのが苦手という人もいるわけで、誤読や誤解が生じることも、まぁなきにしもあらずなわけで。

言葉で誤解し、言葉でその誤解を解く

言葉で伝えないとはじまらないし、ノンバーバルコミュニケーションで伝わるものもあるけれど、やはりそれには限界があるように思う。

2.互いに関心をもつことからつながりははじまる

互いに無関心では何も生まれない。お互いに関心を持つこと、これが人と人のつながりのはじまりだと思う。

そして、相手には相手の価値観や優先するものがあるということ。それがわかって、それを認めることで関係性を保っていけるというのはあるかもしれない。関係性を保つというと、ドライな表現な気もするけれど、要することに仲良くやっていくには、相手の価値観や優先するものを否定しない、認める、それが基本だと思う。否定されていい気分になる人はおそらくいないと思うので。

価値観がちがうとぶつかる。ぶつかったとき、どうするか。
とことん話し合えるか、折り合いをつけられるか、そこなのだと思う。
互いに言い分があって、その言い分を言えるかどうか。言いたいことを言える関係であればいいけれど、なかなか言えない場合もある。言えなくて婉曲な表現や遠まわしな言い方をするしかなかったり・・・。誰もが言いたいことを言えるかというとそんなことはない。ぐっと黙ってしまう人もいるもの。それはそれで非難はできない。言いたくないことは絶対言わない。それもわかる。

とはいえ、話し合いの場や折り合いをつける場で黙っているのはよくない。言い分は言っていい。

3.相手の言い分を自分は汲み取っているか

自分の言い分を言うだけ言って押し付けていないか。相手の言い分を自分は汲み取っているか。そこは留意したいところ。

ブログもそうだけれど相手の書き方がまずい、相手の言い方が悪いと相手のせいばかりにしていないか。自分が汲み取れていない、読み取れていない(誤読している)自分に原因があるのではないか。

コミュニケーションにおいて相手の意図を汲み取ることは重要。当たり前といえば当たり前だけれど、なかなか汲み取れていない場合もあるのではないだろうか。相手に関心がなければ、なかなか汲み取れないというのはあるかもしれない。どうでもいいと思っていたら、それはやはりあらわれる。ああ、テキトーに聞き流してるだけだな、と。聞き流されてそれで自分が軽んじられていると思う人もいるので注意が必要だと思う。

話を聞いてくれる人、意図を汲み取ろうとしてくれる人に良い印象を持つものだと思う。聞く姿勢は意外と見られている。話をテキトーに聞き流す人を評価する人はまずいない。その聞く姿勢(態度)で好印象をもたれたり、その人自身の評価が上がったりというのはあるように思う。