自分の未熟さに気がつくということ

自分の未熟さを目の前に突きつけられたような、そういうできごとがありました。これがオマエがしてきたことだ、オマエの言動の結果がここにある、と。


やはりですね、自分がしてきたことというのは後々まで反映されてます。さまざまな人に影響を与えているのだなぁと。


不思議なもので、自分が言ったことを他の人は意外に覚えていたりするものだったりします。わたしはほとんど忘れてしまっているのに、相手はしっかり覚えていて、こちらとしては驚いてしまう。


当時のわたしの言葉は、自分が未熟で浅慮だった結果出たものだと思います。
今ならそんなことは言わないです。あの頃は若かったんだなぁと苦い笑いがこみあげてきます。痛いですね。


自分の未熟さに気がつくこと。反省すること。
それは進歩であり成長だと思います。


年をとっているからと言って、すべてにおいて成熟しているとは限らないとそう思うのです。なにかしら未熟な部分を抱えていたり、妙に子どもっぽい部分があったり。
自分にも未熟な部分がまだまだあるということを自覚しておきたいとそう思います。やはり心を落ち着け内省する時間は必要ですね。同じ過ちを繰り返さないためにも。


今月は特に自分の未熟さに気づかされた月でした。気づけてよかったと思います。