失敗についていろいろ考えてみた

以前「失敗してしまってすごく落ちこんでいる」というメールをもらったことがあって、そのとき

失敗したとき

  • どうすればよかったのか
  • どうしなかったから怒られたのか
  • どう変えていけば、失敗しないようになるのか

そこのところをはっきりさせることからはじめるようにしたらどうかな。

みたいなことを書いて返事した記憶があるのですよね。


ミスや失敗は誰でもするもの。
そのミスや失敗を繰り返さないことが大事。
まぁ当たり前といえば当たり前かもしれないけれど、こういうことくらいしか書けなくて、んー、やっぱり失敗して落ちこむのは普通のことだと思うのです。
失敗しても落ちこまない人のほうがわたし的には怖いです。図太いんだか鈍いんだかよくわからない怖さがあります。
失敗しちゃった。まぁしょうがない。と簡単に済まされても迷惑をかけられた側はムカっときますし、人それぞれ許容度はちがいます。迷惑をかけられて寛容な態度を取れる人もいれば取れない人もいるでしょう。


と、ここまで書きながら、わたし自身失敗してしまったその時はシリアスになってしまうけれど、喉元すぎれば熱さ忘れる、みたいなこともあるなぁと。反省したあとの立ち直りは早いほうじゃないかな。


わたし自身脳内が上書きモードで、「次々と上書きされていく=前のことを忘れていく」というのがあって、つらいことやイヤなことを忘れるのが早いというのは良いことなのかもしれません。ストレスになるものを引きずらないというか。
忙しいので、ひとつのことにいつまでもかまっていられない、というのも凹まなくなった理由にあげられるかもしれません。凹んでも凹んだままでいられないとか、そうですね、怒るようなことがあってもずっと怒っていられないというか、怒ってもしょうがないな、と。怒り続けるエネルギーが自分にないというのもあるかもしれません。


誰でも間違うことはあるし、失敗することもある。よくわからなくて失敗することもあるし、やれるだけやったけれどそれでも失敗することも。
ただ、ひとつの失敗でそれですべてがダメ、その人はダメだとは捉えたくないな、と。


失敗から学ぶことも多いです。失敗して初めてわかることもあるわけで、失敗することを怖がって何もしなくなればそこで止まってしまって進歩はないかな、と。失敗を高い位置から(他の視点から)俯瞰して分析するくらいの余裕があれば、同じ失敗、似たような失敗を防ぐことができるんじゃないかな、と。まぁ失敗直後はそういう余裕がなかったりしますけれども。


うまくまとまりませんでしたが、考えたことはだいたい書けた気がします。


許容度のところで少し考えたのですが、ものすごく優しくなんでも許してくれる人がいいかといえばそういうわけでもなくて「なんでも許してくれる=見放してる」という場合もあったりするんじゃないかな、と。見放しているから失敗しても「まぁあの人ならしょうがない。たぶん失敗するんじゃないかと思ってたよ」と最初から期待していないとか。期待していないから怒ることもない。怒られるということはやはり期待しているということになるのかな、と。