自分でどうにかできることの限界

しばらく文章を書いていなかったので、今の私は5文字打つごとにフリーズしかけるPCのようだ。
なんとももどかしい。
書く感覚を取り戻したくて、今日も書いてみる。


今思っていること、考えていること、それは自由に動き、刻々と形を変える雲のようで、
明日には、今思っていることは微妙に、あるいはガラリと変わってしまっているかもしれない。
まぁそれはよくあることだ。
たとえ明日思っていることが変わってしまうとしても、自分のブログだし、書きたいことを書けばいい。


さて、タイトルにも書いたけれど「自分でどうにかできることの限界」について少し書いてみたい。
ここで書いたこととも関係するけれど、

「心配事の9割は起こらない」というのは本当だろうか。 - もっこもこっ

4か月ぶりに(?)ブログ更新しました。

2021/07/12 01:04

自分でどうにかできることには限界があって、
特にコロナ禍、うまくいかないことが多い。というか、多すぎる。
そもそもなんでも自分でどうにかできるというのはおこがましいというもので、
自分に対する過信というものだろう。
もっと謙虚になったほうがいい。
自分でどうにかできることに限界があるのは当たり前なのだ。


あれこれ心配し、考えたところで、どうにもならないものはどうにもならない。
つい焦って、あれこれと策を考えるけれど、どれも良策とは思えない。「いや、ちょ待てよ」と微妙に冷静な自分が一時停止ボタンを押して立ち止まらせようとする。
しばらく静観するという策の選択もありではないかと。

歳をとるとともに、
自分の思考がワンパターン化して呪縛状態になっているように思えてならない。
視野狭窄というか、新しいこと(もの)へ無関心というか、
それも日々の余裕のなさが元凶と言ってしまえばそこまでなのだけれど、
余裕のなさを理由に考えることをやめてしまいそうでこわい。


自分でできることには限界がある、無理なものは無理ということ。それを受け入れることで、自分に対してやっと寛容になれる気がしてきた。無理しなくていいんだよ、と。