うまく表現できなくても、それでも書いて残しておきたい。

金曜の夜、ぴーんと冷えた空気の中で本を読みながら、真夏の森を思い出してた。
子どもの頃、父に連れられてカブトムシをつかまえにいったときのことを、読んでいた本がきっかけで思い出した。


埼玉にある小さな山で、もう名前も思い出せない。


子どもの頃のことは案外思い出せたりするものだなぁと不思議に思う。
一昨日のお昼に何を食べたかは思い出せなくても。


子どもの頃の昔の風景がよみがえってきて、なんともせつなくなる。
せつない、という表現でいいのかな。なつかしいというより、せつないという感じ。
少しさびしくて、憧憬というのかな、夏の早朝の樹木からもれる光とか影とか、草や木のにおいとか、踏みしめる地面とか、頭の中の映像は鮮明なのに、それをうまく文章にできない。そのもどかしさ。



もどかしくて、もどかしくて。



子どもの頃、そうやってカブトムシをつかまえに連れて行ってもらったという父との思い出があるのは、すごくしあわせなことだと思う。思い出は宝物。子どもは子ども時代を満喫したほうがいい。子どものうちにいろんなことを体験してみたらいいと思う。それは大人になって思い出す記憶の宝物になるだろうから。


こんな真冬に「真夏に子どもの頃カブトムシをつかまえにいったこと」を思い出す。本の一文がきっかけで。
そしていろんなことがくるくると動きはじめて……。


動きはじめたそのことをホントはもっと丁寧に言葉を尽くして書きたい。書いて書き残したい。
そう思うのだけれど、うまく表現できない。


うまく表現できなくても、それでも書いておきたかったりする。