ゆっくりと、見るということ。

いそがしいということに逃げて、
いろいろなものを見ているようで、見ていなかった、そんな気がする。


コロナ禍ということもあり、家にこもりがちで、
季節の移ろいも、「なにかしらの画面」に映ったものを一瞬見て、知る。
まぁ知ったところで、特に感慨もなかったりする。
というより、感じる余裕もなかったのがコロナ前から数年続いていた。


さて、価値観というのは、ふとしたことで変わるもので、
我ながら驚いた。


ずっとかけられていた呪いが解けたというか、
自分の価値観ではないものを自分の価値観だと信じこんで、
自分で自分を縛りつけていたことに気づいたというか。


「これはこうでなければいけない」というような価値観の縛りが緩んで、
少し息苦しさがなくなったように思う。


今は、いろいろなものを、ゆっくりと見たい。
「これはこうでなければいけない」というような価値観の縛りで
なんだかんだと生き急いでいたので、
ここらでペースをおとそうと思う。


昔読んだ本を
最近ゆっくり読み返して、
発見したこと、気づいたことに涙が出たり。
今したいのは、そういうことだ。


ゆっくりと、見るというのが
今いちばんしたいことかもしれない。