普通の人のブログが読まれるようになるにはどうしたらいいか(2)

普通の人のブログが読まれるようになるにはどうしたらいいか
という記事を書いて、また考えてみたことを書いてみます。


普通の人が書くブログ、かく言う私も普通の人なのですけれど、その普通の人が書くブログが読まれるようになるには、やはり当たり障りのない文章を書いていても、人はたいして興味は持たないものだと思います。
その人が書いたものを読んだ人に何かひっかかるような文章があるかどうかが鍵になってくるんじゃないかと思うのです。


つまり、

印象に残るか残らないか。

これって案外重要です。いえ、かなり重要かもしれません。


ぶっちゃけ、何が言いたいんだろ?というような文章には惹きつけられないと思います。
メッセージ性があるものに人は惹かれるもの。伝えたいことは明確じゃないと伝わらないものです。


ただ、そのメッセージ性が強すぎると反発も出てきます。また、反発が出るくらいメッセージ性があるというものは、なかなか書けないものだったりもします。


やはり、書きながら防御線を張っていたりするものなのですよね。
こういうことをずばっと書いたら、こういう反応が来るだろうな、こういう意見が来るだろうなというのが思い浮かんで書くのをためらってしまうというのはあります。



私の場合、文章を書くとき、書いている自分と、「書いている自分」を眺めている自分がいます。
「書いている自分」を眺めている自分は、ある意味客観的です。
書いている自分を眺めつつ、なんだかわけわからないこと書いているぞとかそこまで書いていいのかとか、いやそこまで書いちゃいかんだろうみたいなツッコミを入れています。


やはり臆病な部分があるので、知らず知らずのうちに無難な文章でまとめてしまっておしまいになることもしばしば。


『書きたいことはすべて余さず書く』という境地にまではなかなかいかないものです。


やはり反発や批判が怖いから。


難しいところですね。
無難な文章、あたりさわりのない文章では読む人はつまらないと思うし、かといって、奇抜な文章、突飛な意見、激しい主張は反発を買ったり忌避されたりします。


たまにはあっと驚くような爆弾発言をしてみたいと思ったりもするのですが、私の性格上そういうことはできないですね。
爆弾発言で注目を集めるよりもむしろ、地道に書いていきたいな、と。


地道に書いて、そして書き続ける中で、少しでも誰かの心にひっかかるような、印象に残るようなそんな文章が書けたらいいな、と。


まぁブログを書くスタンスは人それぞれですから、自由でいいわけです。ええ、ブログを読むスタンスも人それぞれ自由です。
自分の視点で書いて、それを読む人は読んでくれるだろうとそう思っています。
自分の視点から書いたものに共感や同意を誰もがするわけではないです。
否定や批判が返ってくることもあります。
それはそれでいい、そういうスタンスも有りだと思います。


人を惹きつけるって、難しいです。
好かれることもあれば嫌われることもある。
前にも書いたかもしれませんが、嫌われたときは嫌われたときでしょうがないかな、と。
人の心をどうこう操作することはできませんし、ブログも読みたくない人に読めと言うわけにもいきませんし。


ブロガーができること、それは自分の視点から文章を書くということ、それだけだと思うのです。
それを読む人は読んでくれる。
そして、できることなら、また読みにきてもらいたい。
書いたものを読んで、その読んだ人に残る何かが一文でもあったらいいなとそんな風に思います。
ええ、なかなか難しいのですが。