ネットですぐに答えを手にしてしまうのはよいことなのか。

ネットで検索したら、知りたいことのほとんどは知ることができます。だからこそ検索力の有無が問題になったりするわけですが、ここでは答えをすぐに手にしてしまうことはよいことなのか悪いことなのか、もしくはよいとも悪いとも言えないことなのか、考えたことを書いてみたいと思います。


ネット等で答えを他に求めるということは、カンニングという観点からみるとよくないことです。
もし、カンニングではなく、自分が知りたいことをネットで調べるためにネットを利用するのであれば、それは大いに結構だと思うのです。
とにかく調べてみる。知りたいという欲を満足させる。知らなかったことを知るという喜びはあります。


小学校のときの同級生、R子ちゃんは勉強していてわからなかったらすぐに答えを見てそして正しい答えを覚えるようにしていたらしいです。
いくら考えてもわからないのだから、答えを見たほうが早い。
まちがった答えのままでいるよりは、正しい答えを見て、それを早急にインプットしたほうがいい。
そういう考え方もできます。


それもひとつのやり方です。
が、答えを見て覚える、それだけでいいのかなと思ったりもするのです。


例えば、TOEIC等の問題も答えを見れば、すぐにわかります。
大切なのは、どうしてその答えなのか、どうしてAという答えではなく、Bという答えが正しいのか、それを説明できること、そこが大事だと思うのです。


これはこれこれこういうことだから、Bが正しい。
説明できてこそ理解しているとみなしてよいのではないか、そう思っています。


ただ答えを覚えているだけでは、似たような問題が出たときに、その問題の出題意図がわからないという場合がありあす。




なんとなくわかっているけれど、でも口で説明できないこと、そういうことはあります。
例えば、最近よく目にするようになったキュレーション。
なんとなくはわかっているけれど、これを文章で説明しなさいと言われると、戸惑ってしまいます。(少なくとも私は)


説明がうまい人います。
相手にわかるように説明が出来る人。
相手のレベルまで降りて、と書くとおおげさかもしれませんが、難しいことを易しい言葉で説明できる能力というのは、さまざまな場面で役立つと思うのです。

ネットですぐに答えを手にしてしまうのはよいことなのか。

ネットに限らず、答えをすぐに手にすること、それ自体は悪いことではないと思います。(ただしカンニングは除きます)
大事なのは、どうしてその答えが正しいのか説明できるようになること


働いていると説明力を求められる場面にしばしば出会います。
説明することはなかなか難しいもの。しかしながら、説明しないことには相手に伝わらない。説明をしなかったがために誤解されたりという場合もあります。
普段から説明することを頭に置いておくとよいのかもしれません。

どうして、AではなくBなのか
それは・・・・・・から

どうして、こういうことが起こったのか
それは・・・・・・から

答えを速やかに出せる能力、検索力も大事ですが、説明できる能力もまた働いていく上で求められるもののように思います。