めげない力

昨日は足元をよく見ていなかったせいで転んで、腕をべべべーっと擦りむいてしまい、流れる血をガーゼで押さえながらの受験になってしまったわけですが、試験を受けずに帰ろうとは思いませんでした。


なんのこれしき、めげてられないぞ、と。


久しぶりにめげない力を発揮した気がします。


どうしてめげない力を発揮できたのか。


それは過去にも転んで怪我をしたことがあるから。
それこそ整形外科に行くくらいの怪我もしたことがあります。
(救急車で運ばれたことはまだありません)
昨日のあれくらいは、まぁまだかわいい方だな、と。


転んだり失敗したり、大いに結構だと思います。


転んだり失敗したりしたほうが、あとあと精神的に強くなれるように思います。


転んだこともなく失敗したこともない人というのはおそらくいないと思いますが、転んだときの痛みも知らず、失敗したときのつらさ、悔しさも知らないまま生きてきたとしたら、たぶん他の人が感じている痛みやつらさ、悔しさといったものもなかなかわかることはできないのではないかな、と・・・。


めげること、それはまぁ仕方ないです。
誰でもめげますし、凹みます。
めげて、ある程度めげたら、もうね、めげるのをやめていいよ、って思うのです。めげめげモードもそろそろおしまいにして、次のステージにいこうよって思うのです。


あの人めげないねー」と言われるような人は、まったくめげないのではなく、めげても復活する力が強く、めげている時間が短いのだと思います。


昔からそうなのですが、わたしはめげない人に憧れます。
わたしもめげない人になりたいと、そう思います。


めげてその気分をひきずったまま過ごすか、あるいは、「ま、仕方ないや」と歩き始めるか、その選択は自分でするしかないのではないかと・・・。