「その発想はなかった!」
同僚に「その発想はなかった!」と感じさせてくれる人がいて、なんというか、面白いのだ。その人といると。
例えば、新しく入った人に仕事を一から手とり足取り教えて覚えてもらおうとするわたしに対して、同僚は自分で実際にやって自分のやり方を見つけてもらおう、うまくいかなかったり失敗したり多少苦労したほうがいいという考え方。
「最初から楽なやり方を教えてしまったら、それが当たり前になって、何も考えなくなる。それは本人にとってよくない」と。これは、わたしとはちがう発想だ。その発想はわたしにはなかったなぁと。
自分とはちがう考え方、価値観を知るのは面白い。いいとか悪いとか好きとか嫌いとかそういう判別は感じた人がしたければすればいいし、別に無理に判別しなくてもいいと思う。好きでもないし嫌いでもないということもあると思う。
自分の価値観や発想は絶対ではないし、経験や時の経過で変わることもある。自分でも気づかないうちに変わっていることもある。根本的な部分―核の部分―はもしかしたら変わらないかもしれないけれど。
まぁ変わらない部分があって、それが土台となって上へ伸びていくことができるとも言えるし、生まれ持った性格などもそう簡単には変わらないんじゃないかなと。
話を戻して、わたしは「その発想はなかった!」と感じさせてくれる人が好きで、その人独自の考え方をしっかり表明する人に惹かれる。引き寄せられると言ってもいいかもしれない。
仕事についても、ああだこうだと思うこと考えることをお互いに言い合えるのが理想的だし、冷めた気持ちで仕事をしたくないというのがあって、どんどん思うこと考えていることを表明して投げてほしいと思う。もちろん、わたしも思うこと考えていることを表明していく。
答えや結論、方向性といったものがすぐに出るわけではないけれど、それでも表明しなければ何も始まらないと思う。
自分と似たような考え方をする人は、ある意味「楽」だけれど、一方で同族嫌悪的なものもあって、ずっといっしょにいるのはつらかったりする。自分で良く思っていないところを他の人で見たとき、なんとなく嫌になることがある。自分の優柔不断さに実はうんざりしていて、他の人の優柔不断さを見てまたイラっときたり・・・。
思っていること考えていることを何も言わない人も苦手だし、どう接していいかわからない。まぁ、だからと言ってズケズケなんでも言えばいいかというと、そういうわけでもなくて、加減を知らない人はそれはそれで敵を作ったり嫌われたりしていそうだな、と。
同僚は、はっきりと考えていることや提案をしてくれるけれど、それを押し付けようとしないところが好きで、だからこそうまく長くつきあっていけるのではないかと。このことは家族や彼氏彼女、友達でも言えると思う。
わたしも表明はするけれど押し付けることはしないように気をつけたい。